「体験」が防災意識と有事の行動を変える
防災・災害対応におけるXR技術の可能性
近年、防災・災害対応にARやVRを活用する動きが広がっている。株式会社アルファコードのVR災害体験学習コンテンツでは、複数人の共有体験によって「公助」「自助」「共助」をデジタル空間で体験することが可能だ。最先端のXR技術(AR〈拡張現実〉、VR〈仮想現実〉、MR〈複合現実〉の総称)を駆使して数々の「体験」を世に送り出してきた精鋭が見る、VR体験の意義、防災・災害対応における活用の重要性、XR技術の可能性とは─。
株式会社アルファコード
取締役ファウンダー 兼 CTO 水野 拓宏 プロフィール
- 芝浦工業大学卒。
- 株式会社ドワンゴにて数百万人規模のWebサービスのシステム設計を担当。
- 2006年、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)により天才プログラマー/スーパークリエータに認定。
- 2015年、前身の会社をMBO。
- XRを“体験を伝えるメディア”として捉え、日本社会の課題「経験機会の減少」をXR技術を用いて解決し、事業を伸ばしている。
デジタルで人々の“経験値”を高める
―御社の概要と事業内容をお聞かせください
XR技術を社会の様々な分野に役立てることをテーマに掲げて、2015年にアルファコード社を設立いたしました。当社のミッションはデジタルで「体験」を提供し、社会に貢献することです。人口減少と社会の縮小が進めば、昔と比べて人々の経験値は減っていきますし、コロナ禍のような感染症拡大や各種災害で社会活動が停滞し、経験の機会が失われることも考えられます。そこで我々はXR技術を活用し、もう一度人々の体験の多様性や幅を広げていきたいと考えたのです。XR技術の特徴である「イマーシブ・エクスペリエンス(没入型体験)」に着目し、リアルな体験の再現を追及しています。
―VR災害体験学習の開発に着手した経緯は
2023年3月に開催された、東京都主催のピッチコンテスト『先端技術を活用した、都民の防災意識向上に資するコンテンツの開発』がきっかけでした。当社のVRソリューション「VRider COMMS」を用いた災害体験学習コンテンツを提案して優勝の栄誉をいただき、本格的な開発と運用に携わることになったのです。もともと当社では、決まった仕様に対するプログラミングやシステム開発だけに留まらず、事業提案・企画提案から開発・運用の部分まで一気通貫でサポートしておりますので、同ピッチコンテストにおいても開発から実際の運用方法に至るまでの具体的な提案を行うことができました。
やはり各種災害に対する防災意識がもっとも高いのは、その災害を実際に経験したことがある方々ですから、VR空間での臨場感と緊迫感に満ちた体験は、防災意識や防災経験値の向上に大きく寄与します。当社の体験学習コンテンツでは、一生に一度、あるいは大多数の人々が一生にうちに一度も経験しないような災害を、デジタル空間でリアルに体感できるようになっています。
コミュニティの共有体験が防災・災害対応への共同意識を育てる
―「VRider COMMS」の詳細と特長を教えてください
あらゆるVR体験の器となるプラットフォームです。開発ニーズの高い技術に関しては、コストや期間を圧縮するためにパッケージ化してカスタマイズする形を取っており、東京都様にご提供した防災体験コンテンツも「VRider COMMS」が基盤としています。インターネット回線が不要なので、コスト面やセキュリティ面でもご検討いただきやすいソリューションになっています。
「VRider COMMS」の最大の特長としては、複数人が同じメタバース空間に入って共有体験できる点が挙げられます。災害が発生した際にはコミュニティで被災するわけですから、家族や地域住民、職場の皆さんが一緒に体験し、災害に対する共同意識を持つことが重要です。単独ではなくコミュニティで一緒に学ぶことで、有事の避難行動や連携した動きをイメージしやすくなります。つまり「VRider COMMS」を使った共有体験によって、「自分ごと」だけではなく「自分たちごと」化して、コミュニティ全体の防災意識や防災スキルの向上に繋げることが可能なのです。
―単純にVRを見るだけではなく、ワークショップのようなイメージですね
コンテンツとしては、VRゴーグルを装着して入ったデジタル空間の中で、複数人が共同作業をするという内容になっています。小さなお子様などはVRゴーグルの使用に制限がありますが、コミュニティ全体で共同意識を持つためには全員で体験していただきたいので、デジタル空間内の様子をタブレットでも見られるようにしました。「VRider COMMS」の開発にあたって「共有体験」はもっとも重視したポイントなので、参加者だけではなく周囲で見ているオーディエンスの方々にも共有できるよう、外部のディスプレイに出力する機能も付けています。
―東京都との協働事業では、多くの方がVR災害体験学習を受講したと伺いました
地震・水害・火山噴火という3つの空間を作り、それぞれを15分程度で体験していただきました。体験後のアンケートでは9割以上の方から「防災意識が変わった」「行動が変わった」という声をいただき、非常に手応えを感じています。
VR体験は人々の興味関心を引きますし、特に「VRider COMMS」は複数人で一緒に体験できますから、より「自分もやってみたい」という気持ちが生まれやすいのです。そして、VR空間内のリアルな体験を通して、たくさんの方の防災意識が一気に切り替わります。結果として、「面白そう」だけではなく、より意義のある体験に変わっていく─。それこそがVRの強みだと思います。
―空間内は自由にカスタマイズできるのですか
はい。実写360度映像や3Dモデルを取り込めるので、地域住民の方々が見慣れた風景と合成したり、水害における水の動き、火山噴火や津波が発生した際の方向や時間の感覚を再現したりすることも可能です。地域に合わせたカスタマイズをすることで、「あの山が見える方向は危ない」「あのビルが見えている方向に避難する」など、よりリアルで具体的な経験を積んでいただけます。
たとえば地図や映像で教わっていても、防災公園がある方向を把握できている人は少ないのではないでしょうか。しかし現地の風景を再現したメタバース空間で一度でも体験すれば、ほぼ100%の人が正確な方向を指差せるようになるはずです。
現実世界さながらのVR体験が観光・PRや教育分野にもたらす効果
―防災分野以外での活用事例について
得意としているのは、観光・PRの分野ですね。現地に来れば魅力が伝わるけれど、足を運んでもらうまでのハードルが高いという地域が、全国には数多く存在しています。きっかけを持てない方々に当社のXR技術で体験をしていただくことで、「もっと見てみたい」と感じてもらえるのです。「VRで体験したら現地に来なくなってしまう」という懸念も聞かれますが、実際には真逆です。行ったことがない方は「実際に行ってみたい」、過去に行ったことがある方も「また行きたい」と感じてくれます。VR体験はVRの中だけで終わらず、現実の意識変容や行動変容に繋がるのです。過去にミュージカルのVR体験をご提供した際に、これまで来なかった年齢層の方が劇場に来てくれるようになったという事例がありました。VRで私たちの観光PRを見た後に初めて現地に足を運んだ方から、まるで二度目の訪問であるかのように深い体験ができたと言っていただけたこともございます。
―現実の体験に近しいからこそ、強く印象に残るのですね
まさにそうです。その意味で、観光・PR以外では、教育訓練との相性が非常に良いと感じています。通常の映像によるレクチャーでは受け身の体験になりますが、XR空間内では身体を動かして能動的に学ぶことが可能です。たとえば自治体様においても、災害時にしか発生しない業務や、特定の行事がないと経験を積めない業務が数多く存在すると思います。そういった業務を教育VRで経験しておくことで、いざという時にも具体的な動きや他部局との連携が、よりスムーズに行えるのではないでしょうか。
当社の教育用VRは複数の企業様で安全教育にご活用いただいているほか、大学の機関と連携した取組もございます。帝京大学様と連携して、細菌感染を防ぐ個人防護具の着用方法を学ぶVRコンテンツを製作したところ、対面講習と同等、ビデオ講習より20%以上も高い学習効果が確認できました。本件については2024年3月に論文で発表され、国際的にも注目を集めています。
XR技術の進化のため幅広い分野の課題と向き合っていく
―自治体や企業からのフィードバックをもとにした開発予定について
地域に合わせた風景のカスタマイズはご要望が高いです。やはり地域によって災害特性や避難の仕方等も変わってきますので、より簡易にコストを抑えてカスタマイズできるように開発を進めています。また、東京都様の取組では体験される方々の年齢層が幅広く、ご高齢の方がコントローラーの操作に戸惑っている場面が見られました。そこで今は、コントローラーを使わず自分の手だけで操作できる機能を開発中です。手に何か機械を装着する必要もありません。これが実現すれば、より自由にVR空間内を行動できるようになるので、非常に重要な機能だと認識しています。
―今後の展望を教えてください
たくさんの自治体様から具体的なお困りごとをお聞かせいただきたいですね。それぞれの課題に対してXRによる解決法をご提案していく中で、全国的あるいは世界的にも新しい取組が生まれたら良いなと思っています。社会生活に役立つツールとしてのXRは、AIよりも早い段階から重要になってくるかもしれません。VRは、提供したい体験や積んでほしい経験を、きちんと設計して反映できる技術です。たとえば人口減少で海外労働者の受け入れが増えていますが、彼らへの教育や共同生活のシミュレーションに活用するなど、今後より良い現実世界に生きていくために、XR技術をさらに伸ばしていきたいと思います。
―最後に自治体へのメッセージをお願いします
職員の皆さんや住民の方々に対して「このような経験を積んでほしい」「これを経験していれば、業務や施策がスムーズに進むのではないか」という心当たりがあれば、それらをショートカットで体験できる私たちのXR技術が、大いに役立つと考えています。XRは幅広い分野に活用できる技術なので、従来のイメージにとらわれず、まずは各自治体様のお困りごとや課題を教えていただけましたら幸いです。
(取材日:2024年4月12日)