移動問題解消への道筋を照らす─。オンデマンド交通システム「コンビニクル」
利用者の減少により路線バスやコミュニティバスの廃止が相次ぐ中、住民の足として期待されるオンデマンド交通。利用者の予約をもとにフレキシブルかつ無駄なく運行できる一方で、走行ルートの検索に複雑なアルゴリズムを要する点が課題となる。
「快適な移動の提供」をコンセプトに掲げる順風路株式会社が、自治体と共に実運用を通じて改良を重ねてきたオンデマンド交通システム【コンビニクル】の軌跡と展望に迫った。
順風路株式会社
代表取締役社長 岡田 良之 プロフィール
- 株式会社長大で約20年間、コンサルタント・技術者として交通計画に従事。
- 2022年4月21日付で代表取締役社長に就任。
- 博士(工学)、技術士(建設部門)。
―最初に、御社の設立経緯と事業内容のご紹介をお願いします
順風路株式会社は、総合建設コンサルタントである株式会社長大のグループ会社です。株式会社長大で道路交通情報提供サービスを担当する部署に所属していた前社長が、民間向けにも同様のサービスを展開できるのではと考え、独立・創業したという経緯があります。私自身も株式会社長大で約20年間、国や県、市町村の道路行政・交通計画に携わる技術者として勤めていたのですが、先代の退任に伴い2022年4月21日付で代表取締役社長に就任いたしました。
2007年の創業から現在までに約17年が経過しております。道路交通情報提供サービスの会社として産声をあげた後、「道路を利用する方々に快適な移動を提供する」という企業理念に基づいて新しいサービスの開発にも着手し、2009年にオンデマンド交通システムの提供・運用を開始しました。当時は、路線バスが次々と撤退する一方でコミュニティバスの利用者は伸び悩む等、地方の公共交通に数々の課題が顕在化してきた時代。オンデマンド交通そのものは既に整備されつつありましたが、それぞれの地域に適した交通サービスと、より効率的で利用しやすい運用を考える必要があったのです。
オペレーターが電話予約を受け付けた後に乗り合いが発生するよう配車計画を立て、ドライバーに送迎の順序や経路を提供できる一連のサービスを、何とか作ることができないか…。もともと私たちが持っていたスキルを活かして社会実装するべく、東京大学の先生と共に補助金を受けて開発を進めることになり、リアルタイム完全自動乗り合いシステム【コンビニクル】の完成に至りました。同システムは今や道路交通情報提供サービスと並ぶ当社の2大事業となり、力を入れて取り組んでいるところです。
─開発・展開の経緯を詳しくお聞かせください
【コンビニクル】のような配車サービスでは、ルートサーチや所要時間を算出するエンジンが肝になってきます。出発地を出てから迎えに行くまでの所要時間、そこから目的地には何時に到着できるのか。それらを算出する検索アルゴリズムに関しては、我々が持っていた道路情報提供サービスのノウハウが活きたと思っています。そこに東京大学の先生が開発された乗り合いの仕組みを融合させて、検索エンジンと配車アルゴリズムの開発がスタートしました。
ただ、物ではなく人を運ぶとなると、予定の時間にお客様が来なかったり道路が混雑したりして、目的地までの所要時間が変動することが想定されます。これらの誤差をどのようにシステムの中に組み込んで利用者の皆さんにご迷惑をかけない運行を実現するのか─。それを最初は本当に手探りで開発する必要があったため、色々な苦労があったと聞いています。
開発が始まって10年以上が経った今、エンジンのバージョンは3代目となり、より精度が高いものを提供できるようになっています。理論上では問題がないけれど実際の運用でうまくいかない等、自治体様からフィードバックをいただきながら、システム内のパラメーターで補正できるような仕組みへと徐々に改良してきたからです。
─【コンビニクル】を導入する際の詳細や特徴について
まず、実働するオペレーターやドライバー、およびオペレーターが使うパソコン等の端末は、自治体様や運行事業者様にご用意していただきます。当社が行うのは、配車アルゴリズムを搭載したシステムのご提供とサーバーの運営、およびドライバーの方々が利用する車載器(タブレット)の提供です。自治体様や利用者の方からの要望に対するルールだけ決めていただければ、道路のネットワークや乗降場等の最初のデータ設定は当社が実施します。本来サーバーの導入・運用にはかなりのコストがかかりますが、全て当社が承ることにより、できるだけ自治体様側のイニシャルコストを抑えております。
コミュニティバスの廃止等の経緯がある以上、オンデマンド交通サービスは赤字事業からのスタートになることが想定されます。したがって、どんなに便利なシステムであったとしても、コスト面で負担をかけてはいけないという大前提がありました。できる限り使い勝手の良いものを低コストで提供することを目指していますので、極力どの自治体様にもマッチする形で作り上げており、インターフェースも全て共通のものを使っていただいています。個別の開発やカスタマイズではなく、運用の部分で対応していくというスタンスですね。どの自治体様でも、どのような運行パターンでも、パラメーターを変更すれば適用できるシステムを作ること。それが【コンビニクル】で重視しているポイントです。
ご要望が多い機能や事柄に対しては、順次改良を重ねてきました。たとえば、サービスの提供が始まった当初は電話受付のみだったのですが、ここ数年の間にスマホ等からWeb予約ができるシステムを作りました。ただ、新たな機能ができた際に開発費用をいただくことはしておりません。全自治体様で共通のシステムを利用してもらうことで、コスト面でご負担をかけない形を実現しているからです。時々「費用を払うので新機能を付けてほしい」という要望もあるのですが、運用で対応できるようにアドバイスをさせていただいております。
─それぞれの自治体様に合わせた設定ができるんですね
はい。フルデマンド(※1)運行とセミデマンド(※2)運行を選べるほか、車両が複数台あれば両者を複合的に組み合わせて全体のネットワークを作っていくことも可能です。道路の状況、地形、既存公共交通の運行状況等によって、地域の移動特性やニーズが異なりますから、さまざまな運行形態に対応できるようにしています。
できるだけ簡単に運用できるよう「使いやすさ」を意識して作っていますし、運用していく中で蓄積された記録も活用いただけます。たとえば、停留所ごとに利用者数を確認して、運行ルートの見直しをする、車両の増減を検討する等ですね。多くの自治体様が課題視されている乗り合い率の向上についても、ログの分析が役立つと思います。場合によっては、地方の公共交通計画を受託されるコンサルタント会社に【コンビニクル】記録を基礎データとして提供し、調査検討に活用いただくパターンも考えられるでしょう。
※1フルデマンド…利用者の予約内容に合わせて運行する方式。利用者一人ひとりが乗車時間および場所・降車場所を希望どおりに設定できる。
※2セミデマンド…目安のルートや出発時間を予め設定して運行する方式。利用者は運行中の車両に集まって乗車する。
─市場での位置づけや、類似サービスとの違いを教えてください
近年はオンデマンド交通へのニーズが高まり、特にAIオンデマンドについては海外も含め数多くの新しいシステムが出てきています。一方の当社は、約10年前から同システムの提供を行ってきた中で、その時々に必要なサービス・機能を徐々に実装してきました。導入いただいている自治体様の数でいえば、おそらく今もトップシェアを誇るでしょう。
【コンビニクル】は、ただ開発したものを提供するだけではなく、運用を通じて自治体様と一緒に実績を積んできたサービスです。実際の運用では、システム側で全てを解決するのではなく、自治体様や運行事業者様の実態に合わせた現場での対応が必要になってきます。そこに対するアドバイスも含めて提供しているという部分こそが、当社の大きな差別化ポイントであり、強みなのではないかと思っています。
自治体様によって、地域特性や道路ネットワークの形、運行する車両の台数、利用者の数等が異なり、本当にさまざまなパターンがあります。しかし当社では、約10年の実績の中から類似の事例を見つけて、適宜アドバイスやサポートをさせていただくことが可能です。
―活用されるためには提供した後のサポートが重要なので、自治体様としても安心ですね。現状では、どれくらいの自治体様が導入されていますか
サービスの提供を開始してから現在まで約10年の間に80地域まで増えています。全国を回って、オンデマンド交通のニーズがある自治体様を見つけた上で、地道にご提案をしてきました。ただ、自治体様からすると「来年から導入しましょう」というわけにはいかず、じっくりと協議する必要があるため、1年間に導入できる自治体数は限られます。その中でここまで伸ばすことができたので、今後も徐々に広げていきたいですね。
ひとつ印象的な事例をご紹介しましょう。兵庫県にある自治体の事例になります。人口はそれほど多くない自治体様なのですが、車両6台で導入いただき、運用開始から1年で想定の倍以上の利用者数を記録、数年後には車両を1台増やすことになりました。
もともとバスが走っている地域なので、そのデータをもとにしたシミュレーションを行うなど、綿密な打ち合わせを重ねてようやく導入に至った自治体様です。成功の決め手となった要因は特定できていませんが、自治体様が熱心に広報活動や住民の方への説明を行っていたことが大きいのではないかと思っています。
路線バスから完全に切り替えたルートもありますが、併用して動いている地域もありますね。バス会社さんと上手く共存していけるように、バス停間の移動はできないようにする等、運用面でカバーしていています。
自治体・利用者・運行事業者を繋ぐベンダーとして
―これまでにフィードバックされたご要望や、今後の開発予定をお聞かせください
強く要望されている内容としては2つあります。ひとつは、行政がサービス提供している他分野との連携です。【コンビニクル】は当然ながら独立した交通・配車のシステムなのですが、病院等の予約と連携して一元的に利用できるサービスが想定されます。もうひとつは、一般的に普及しているアプリを使った電子決済や予約システムとの連携です。この2つについては、株式会社長大が主体となりグループ会社全体で導入を目指しております。
他分野との連携という部分でモデルプロジェクトになるのが、北海道更別村で進めている住民向けの事業です。デジタル田園都市国家構想(通称デジ田)のTYPE3として採択され、当社の配車システム単独ではなく、村民の生活や健康を支える各種サービスと連携したシステムという形で実装に至っております。ひとつのサイトにログインすれば、カラオケや病院の予約と一緒に交通手段としてのオンデマンド交通も手配できるシステムですね。
まだ過渡期ではありますが、グループとしては引き続きバージョンアップに取り組んでいるところです。マイナンバーカードへの対応という話も出ていますし、各種予約システムと密に連携して、病院等の空き状況と交通の空き情報を一度に確認して予約できるような仕組みを、住民の方にも使いやすい形で提供していきたいと考えています。
―今後の中長期的な展開についての見解と、自治体様へのメッセージをお願いします
大きな流れとしては、前述のように他分野のさまざまなツールとの連携という部分に加えて、国会等でも議論が進んでいるライドシェアのニーズが高まっていくのではないかと予測しています。ただし、現段階では都市型ライドシェアはあまり着目していません。我々がサービス提供している地方部においてはドライバーの高齢化は深刻です。人手不足でタクシーの手配もままならない状況の中、今後は自家用車を利用した地方型ライドシェアにも適用できるシステムが求められてくるでしょう。
今はこちらで決定した運行計画をドライバーに投げるシステムですが、ライドシェアでは受託できるドライバーの情報も必要です。つまり配車の采配だけではなく、ドライバーを見つけるシステムが求められます。また、法規制の壁もありますので、システムを作ったからといって実現できるものではありません。最初は実証実験からという形になるかもしれませんが、お話があった場合には今までのオンデマンド交通+地方型ライドシェアのシステム構築に取り組んでいくことになると思います。
今はインターネットで多くの情報を得ることができますし、自治体様におけるWeb環境の整備が進み、当社としてもお問い合わせあった自治体様に対して個別にオンラインでサービスのご紹介をする機会が増えています。気軽にコンタクトを取っていただいて、担当者様の生の声を伺いながら一緒に取り組んでいけたらと思っています。補助金を獲得しにくい自治体様からの問い合わせにも対応していますので、お問い合わせいただけますと幸いです。
オンデマンド交通は、自治体様・利用者様・運行事業者様の3者で構成されているサービスです。その3者をうまく繋げることが、我々ベンダーの使命だと考えています。どんなに良い製品を作っても、自治体様や利用者様、運行事業者様にとって使い勝手の悪ければ意味がありません。それぞれに思いや事情がありますので、全員が一丸となってサービスが成り立つための工夫と努力を重ねていく必要があるのです。
自治体様、住民の方々、運行事業者様と一緒に考えながら、導入から運用まで実現・持続可能なシステムを提供していきたいと考えています。ご興味のある自治体様は、ぜひお声がけください。
順風路株式会社 企業概要
2007年1月、総合建設コンサルタント株式会社長大の子会社として設立。
創業当初より道路交通に特化した各種情報提供サービスを展開。
2009年よりオンデマンド交通システムの提供・運用を開始。
社名の由来は、中国の伝説に登場する神様で「千里眼」と対になる「順風耳(じゅんぷうじ)」から。