フルスクラッチと伴走支援で、メタバース導入・利用のハードルを突破する
全国各地の自治体が担う「地域活性化」のミッションは大きい。しかし、少子高齢化や人口減少に歯止めがかからない中、リアルの距離感&規模感で実現できることには限界がある。そこで新たな可能性として注目されているのが、3D仮想空間「メタバース」の活用だ。
大人数収容×軽量かつブラウザで起動可能なメタバース【V-Expo】は、数多くの自治体が抱える・これから抱えていく行政課題に対し、どのような一石を投じるのか─。
株式会社m-Lab
取締役CSO 村上 沙織 プロフィール
- 東洋大学卒業後、新卒で株式会社SIerに入社。その後、株式会社サイバーエージェントおよび株式会社medibaでキャリアを重ねる。
- 第一子出産を経た2017年7月に株式会社m-Lab設立。2023年12月より取締役CSOに就任。
- Sler時代は主にJavaやPerl等を扱い、サイバーエージェント転職後からフロントエンジニアとして本格的な活動を開始。html5、javascript、CSS、jQuery、react、Vue、近年ではpythonやインフラ等、幅広いフロント技術を経験している。
―メタバース事業を開始した契機を教えてください
当社は2017年7月に設立して今年で7期目、創業当初は主にシステムの受託開発等を行っていました。前々から3D空間という分野に興味はあったのですが、メタバース事業に大きく舵を切ったきっかけは、新型コロナウイルス感染症の拡大です。
コロナ禍で展示会やイベントがWeb開催に置き換わった頃、ほぼ全てのオンライン展示会は単なるWebページでしかありませんでした。そのため私たちが出展をした際にも、ページの上部に表示されている企業、バナーが目立つ企業、大企業に人が集中していたと記憶しています。しかし、リアルの展示会では会場を歩き回る中で視覚的・聴覚的に情報が入ってきて、小さな企業のブースにも目が留まり立ち寄ることもあるでしょう。Webの展示会ではそれが実現できていないという課題を感じて、3D空間を情報収集の場として活用できるのではないかと思い至り、本格的な開発に乗り出したのです。
弊社のメタバース【V-Expo】には複数の開催タイプがあるのですが、前述の経緯で最初に作ったのが「展示会タイプ」になります。その後、さまざまなニーズを受けて開催タイプを拡大していきました。現在は「展示会タイプ」のほかに、「セミナータイプ」「交流タイプ」「ショップタイプ」「常設タイプ」がございます。
―【V-expo】の利用形態や特徴、実際の利用事例について
アプリや専用の機器を購入しなくてもブラウザからアクセスでき、軽量で大人数の収容にも対応できるところが最大の特徴です。さまざまなイベントタイプに応じて複数の会場をご用意し、音声システムについてもリアル開催で体感する音と同じイメージで再現しました。基本的には1時間毎のレンタル制で、会場と利用時間で料金が決まってくるような形ですね。会場の組み合わせも自由なので、たとえば「セミナータイプ」で数百人規模のイベントを開催した後に、「交流タイプ」の懇親会場を何部屋か設けてコミュニケーションを楽しむ…といった使い方も可能です。
「セミナータイプ」は登壇者の声が会場内に行き渡るような音声システムを採用しており、出席者に関しては指名された方のみが発言できる仕組みです。講演会や社内総会等に適した会場になっていますね。収容人数は100人・250人・500人・1,000人のほか、20人収容の小規模なセミナールームもご用意しています。
利用事例としては、まず新潟放送の関連会社である株式会社アイネット様が、リアルとメタバースを融合させたハイブリッドセミナーを開催されました。新潟に設営したセミナー会場のステージにグリーンバックを設置することで、メタバース空間の会場の一部に現地の様子を投影。オンラインで参加された方からは、「会場の雰囲気や人数等を感覚的に知ることができて良かった
と好評でした。
―コロナ禍以降、会場とWeb会議ツールの両方で開催されるイベントは増えていますが、リアルとオンラインが分断されているイメージもありますよね
はい。その点メタバースであれば、オンライン参加者も会場の雰囲気を味わえますし、アバターからの質問に会場の登壇者が回答し、それを受けてリアルの会場から新たな質問が出る等の交流も生まれやすいです。登壇する側にとっても、アバターの動きやチャット、リアクションを通してオンライン参加者の反応が見られるので、気分が上がって話しやすいと聞いています。
もう一つ「セミナータイプ」の事例で興味深いのは、福井県越前市様の移住促進イベントですね。越前市様とは協定(※)を結んでおり、【V-expo】を使ったイベントを年に4回開催しています。既に移住してきた方と移住を検討されている方が、メタバース空間で交流できるイベントです。このようなイベントでは、リアルよりもアバターのほうが話しやすいようで、ざっくばらんに質問や相談をしたい場面には大変マッチしていると思います。
【V-expo】を導入してから従来のオンライン開催より参加者が増え、成果を実感しているところです。会場の背景や展示物は自由にカスタマイズが可能で、地域の魅力やPRポイントを視覚的に伝えられるところも魅力ですね。越前市様とは現在、オリジナルのメタバース空間「越前市公園」の製作にも取り組んでおります。
※越前市×V-expo協定締結式
https://v-expo.jp/event/report/20230703
―「交流タイプ」の特徴や利用事例について
「交流タイプ」は小規模の交流会をイメージした会場で、近くにいる人とだけ会話ができる方向性音声システムを使っています。リアルの場で遠くにいる人の声が届かないように、アバター同士の距離が離れていると会話は聞こえません。最大100人を収容できる「skyパーク」のほか、40人収容の「ギルドホール」、30人収容の「コワーキング」、20人収容の「メタBar」と「アイランド」、10人収容の「会議室」をご用意しています。
収容人数は「セミナータイプ」より小規模ですが空間自体は広いので、オブジェクトに集まってクイズ大会を開催したり、話したい人同士が特定のポイントに集合したりと、リアルの空間に近いイメージで交流を楽しむことが可能です。
面白い事例としては、山形県庄内町様の「メタバース婚活」が挙げられます。16名限定で参加者を募って、2023年9月に【V-expo】を活用した婚活イベントを開催したのです。参加者の方々に対しては事前に接続確認を行って、当日に滞りなく進むよう準備しました。
使用した「アイランド」という会場には、洞窟・海辺・レストラン等のさまざまなスポットがあり、気になるお相手を誘ってお散歩等も楽しんできただける空間になっています。実際のイベントでは、「インドア派orアウトドア派?」等の簡単な質問でチーム分けを行い、それぞれ別の場所に集合して交流を深める等の工夫をしました。お互いの趣味嗜好が少しずつ分かってきたタイミングでフリータイムを設けると、リアルの婚活イベントと同じように自然とカップルができていきます。
有料イベントだったのですが、早い段階で庄内町内外から参加希望者が集まり、16人中3組のカップルが成立という上々の結果。最終的には移住を目的とした取組として、良いスタートが切れたと思います。来年度は山形県全体で規模を大きくして開催する予定です。
―「展示会タイプ」についてはいかがですか
各ブースでスペースを区切り、それぞれに異なる動画や音声を流すことができる会場です。リアルの展示会では、ブースに近づくと声をかけられたりチラシをもらったりしますよね。こちらのメタバース空間においても、近づいてきた人に声をかける、こちらから歩み寄って質問をするなど、リアルの展示会に近い体験ができます。最大同時接続は250人までですが、250人を超えたら自動的に会場がコピーされるので、人数制限は設けておりません。
各ブース内のマットに乗ると資料ダウンロードや動画の拡大視聴が可能です。出展者のアバターが待機している場所に行った際に表示される「商談をする」ボタンを押せば、ビデオ通話に切り替わってFace to Faceの商談がスタート。出展者にはボタンが押されたタイミングでチャット通知が送られるので、常時待機しておく必要はなく、人員が不足していても安心してご利用いただけます。
会場内での会話や個別の商談内容は、すべて自動文字おこし機能によって記録・保存されます。資料ダウンロードや動画視聴をしてくれた方の情報も自動的にリスト化されますし、動画に関しては視聴時間まで計測していますので、関心度の高さを推し量ることも可能です。このあたりは、オンラインの強みを活かした非常に便利な設計になっています。
―ふるさと納税関連のイベント等で自治体でも活用できそうですね。「常設タイプ」や「ショップタイプ」には、どのような特徴・使い方があるのでしょうか
「常設タイプ」は個々のニーズに応じてオリジナルのメタバースをお作りするサービスです。以前に工務店様のモデルハウスを製作したところ大きな話題となり、今でも新聞社等から取材の依頼が入ります。遠方の物件でも細部まで内見できる、リアルの内見で確認漏れがあっても後から何度も見返せる、3Dなので家具の配置までイメージしやすい点もメリットですね。
モデルハウスに特化した類似のサービスは複数出てきていますが、やはり「容量が重い」という課題があるようなのです。当社のメタバースは軽量かつWebブラウザで簡単に閲覧できますから、PRはもちろん実用的にも使いやすいものになっています。機能面も自由にカスタマイズが可能なので、サービス「展示会タイプ」と同様に資料ダウンロードやオンライン商談の機能もお付けできますよ。
また、ランドセルのセイバン様からは、会員限定オリジナルメタバース空間の製作をご依頼いただきました。子供たちが楽器演奏をしたり、クイズや宝石集めをしたりなど、遊びや学びが詰まったメタバース空間です。こちらは常に開いているわけではないのですが、定期的にイベントを開催しており、セミナースペースもあれば交流スペースもあるといったように、エリアごとに音声の仕組みをミックスしてカスタマイズしています。
―アバターも自由にカスタマイズできると伺いました
キャラクタータイプのアバターのほか、ご自身の写真から生成するReady Player Me(※)のアバター等も使用可能です。お好みのアバターを選んで参加できるところも、楽しみの一つになっているのではないでしょうか。当社が開催したイベントでアンケートを取ると、「楽しかった」というポジティブな反応が多いので、大変嬉しく思っています。
※エストニアの「Wolf3D」が提供しているサービス
伴走支援でメタバースの発展的活用を支える
―【V-Expo】を利用された企業様や自治体様からの反応は
メタバース空間でのイベント開催が初めてという方も多いため、弊社の方でしっかりと伴走支援をさせていただいておりますので、「安心して当日を迎えられた」というお声が多いですね。
あとは、やはり「ブラウザで使える」という部分への評価が高いです。特に自治体様の場合はセキュリティ面が厳しく、アプリのインストール自体がNGという自治体様も少なくありませんし、参加者に対するアプリインストールのレクチャーが難しいというケースもあるため、「導入しやすかった」「スムーズに進められた」と仰っていただけています。開催者側は負担を軽減でき、利用者側にとっても敷居が低くなるのが、アプリや専用機器が不要であることのメリットと言えるでしょう。
また、冒頭でも申し上げましたが、「大人数が入れて軽量」という点は、【V-Expo】の大きな特徴です。ビジネスのイベントになると大人数を入れたいというご要望が非常に多いので、数百人~千人規模のイベントにも対応できるように設計しました。
世の中には「数万人の同時接続可能」と謳っているサービスもありますが、アバターが見えないケースが多いのです。本当は大人数が参加していても、メタバースの中に表示されるのは50体くらい。【V-Expo】では全員のアバターが表示されますし、全ての参加者とコミュニケーションを取ることができます。
―なぜ、そのようなことが可能なのでしょうか
全てゼロから作り上げたメタバースだからです。一般的なメタバースの場合は、初動が早く作れるという理由からUnityやUnreal Engine等のフレームワークを用いているものがほとんど。しかし、元々はゲームエンジンなので、ブラウザで使うには重たすぎるという弱点があるのです。
【V-Expo】は構築するまでに少し時間はかかっても、3D空間をゼロからフルスクラッチで開発しているため、大人数への対応、軽量化、オリジナルコンテンツの作り込み等が可能になっています。当社の開発チームはエンジニアが大部分で、「作る」ということに非常に強いメンバーです。自分たちでゼロから手がけることで、難易度の高く他に類を見ない「ブラウザで使えて軽量のメタバース」を作り上げました。
シンプルな操作性という部分にもこだわりました。アイコンの一つひとつに機能名を表示する等、細かいことですが「説明がなくても使える」という視点を徹底しています。一度触ってみるだけで、大体の機能は使いこなしていただけるのではないでしょうか。
―シンプルな操作と手厚いサポートで、利用者・開催者ともに安心して利用できますね
当社のビジョンとして、テクノロジーを通じて社会を成長させるという目標があります。今までにないものを作り上げることで、新しいコミュニケーションの形を実現し、社会に浸透させていきたいのです。そのためには、お子さまからお年寄りの方まで使えるメタバースでなければならないので、「ブラウザで使える」「簡単」という部分を大切にしていますね。VRデバイスが目の健康や成長に与える影響も指摘されていますが、学校等での利用も視野に入れ、お子様にも安心して楽しんでいただけるようになっています。
また、メタバースでのイベント開催は、企業様や自治体様にとって大きなチャレンジであり、社運をかけて実施されているようなケースも珍しくありません。その中で管理を担当する方は、とても重大な責任を担っていらっしゃいます。本番が近づいてくるとプレッシャーを感じたり不安になったりされるケースも多いのですが、私達がしっかりと伴走支援いたしますので、ご安心いただけましたら幸いです。
―利用者様からの要望や期待を受けて、今後予定されている新たな展開等はありますか
「セミナータイプ」と「交流タイプ」のミックス版が欲しいというニーズが非常に多いので、このたび新しい音声システムを開発いたしました。セミナーを受講しながら、ボックス内にいる人と会話ができるようなイメージです。リアルのセミナーと同じように、わからないところを近くの人に質問したり、隣の人だけに画面共有をしたりすることもできます。
どのような会場にも適用できるように作りましたので、ニーズに合わせてさまざまな使い方が可能です。たとえば、数百人がセミナーを受講できる講堂と、ポスターセッションのスペース、個別商談ができるスペースの3つを融合させた会場などもご用意できます。会場の移動についても、アバターを動かすだけでシームレスな移動が可能です。
また、これまではto Bをメインで展開していましたが、to Cつまり個人の方にも向けたメタバースの開発が始まっています。イメージは、広大なメタバースのオープンワールド。一面に1,000人入れるスペースが700面続いています。従来のメタバースはワールドごとに分かれていたと思うのですが、アバター移動でシームレスに次のブロックへ行けるところが特徴です。
一つの面をご契約いただき、そこにお好きなCGをアップロードするなど、ご自由に使っていただくことを想定しています。現在は、最初に入っていただく企業様、ライブイベントやEC等を誘致しているところです。一般の方はメタバース中で、さまざまな体験や買い物を楽しむことができますし、家を建てられる居住スペースも開放する予定になっています。
―自治体様が街を作って地元商店のECを展開したり、ふるさと納税者に家を建ててもらったり等の取組も面白そうです
そうですね。CGは既にお持ちのものを使えますし、一面が広大なので複数の自治体様が分割して利用し、共同集客を図るのも良いと思います。一つの惑星のような広大なメタバースをWebで実現している事例がまだないので、これから私達が作り上げていきたいです。
―最後に、メタバース業界全体の展望と、読者へのメッセージをお願いします
コロナ禍に伴うメタバースブームは一旦落ち着き、ある程度「メタバースとは何なのか」「何ができるのか」を知った上で、各々に合う活用方法やビジネスモデルを考案していく段階になりました。「体験」から「発展的活用」へとフェーズが変わった今、メタバースでどこまでのことができるのか、私たちも一緒に考えながら作っていけたらと思っています。
地方活性化とメタバースは、かなり相性が良いと感じています。「観光地に行かないと買えない」「Webページだけでは伝わりにくい」等の課題を解決するにあたって、メタバースは非常に有力な選択肢となるのです。買い物や各種イベントをはじめ、さまざまな体験ができるサービスを提供し、日本全体を盛り上げていけるよう邁進したいと思っているので、ご賛同いただける自治体様と一緒に取り組めましたら幸甚です。