少子高齢化や人口減少が進む中、全国の自治体は移住促進や地域活性化に向けた新たな取り組みを模索している。その解決策として注目を集めているのが3D仮想空間「メタバース」の活用だ。大人数収容×軽量かつブラウザで起動可能なメタバースを開発・提供する株式会社m-Labの村上沙織取締役CSOに、地方創生におけるメタバース活用の可能性について話を伺った。

株式会社m-Lab 取締役CSO 村上 沙織様
株式会社m-Lab
取締役CSO 村上 沙織
新卒でSES業界へ入社し、システムエンジニアとして金融系業務システム開発などに従事。その後、サイバーエージェントやmedibaで新規事業立ち上げを経験し、エンジニアとしてのキャリアを積む。出産を機に起業。テクノロジー×マーケティングを掛け合わせ、企業のWebコンサルティングも行う。2児のママ。
ブラウザからアクセス可能。かわいいアバターが特徴の【V-expo】
メタバース事業を始められたきっかけは?
当社は2017年の設立当初、システムの受託開発を主としていましたが、コロナ禍での展示会のオンライン化に大きな課題を感じたことがきっかけです。当時のオンライン展示会は単なるWebページでしかなく、上部に掲載された企業や大企業に注目が集中してしまう状況でした。リアルの展示会では、会場を歩き回る中で自然と小規模な企業のブースにも足を運ぶものです。この課題を解決するために、3D空間を活用した展示会プラットフォームの開発に着手したのがきっかけでした。その後、新潟放送の関連会社である株式会社BSNアイネット様にて、リアルとメタバースを組み合わせたハイブリッドセミナーイベントを開催され、大きな反響をいただきました。現地会場のステージにグリーンバックを設置し、メタバース空間に実写の姿で入ることで、オンライン参加者も会場の臨場感を体験できる仕組みを実現しています。また、大手工務店のバーチャルモデルハウスでは、遠方のお客様にも細部までご確認いただけると好評で、今でも多くの企業から問い合わせをいただいております。その後、このような企業での成功事例が自治体の目に留まり、移住定住促進や関係人口創出といった課題解決にも活用できるのではないかという声をいただくようになりました。従来のWebサイトやオンライン会議では限界があると感じていた自治体のニーズと合致したことで、自治体向けソリューションとしての展開が進んでいったのです。
V-expoの主な特徴についてお聞かせください。
最大の特徴は、アプリや専用機器が不要でブラウザから簡単にアクセスできる点です。自治体の場合、セキュリティの観点からアプリのインストールが制限されているケースも多く、この特徴は特に高く評価いただいています。もちろん、パソコンだけではなく、スマホ、タブレットからも参加可能です。また、他社のメタバースと異なり、メタバースのシステムをフルスクラッチで開発している点も大きな特徴です。多くのメタバースサービスはUnityやUnrealEngine等のゲームエンジンを使用していますが、これらはブラウザでの使用に最適化されていません。私たちはゼロからの開発にこだわることで、軽量で快適な操作性を実現しました。
用途に応じて7つのタイプ(「展示会」「セミナー」「交流」「学会」「ショップ」「常設」「オリジナル」)を用意しており、それぞれに最適化された音声システムを実装しています。例えばセミナータイプでは1会場で最大1,000人規模のイベントに対応可能で、交流タイプではリアルの会話のように近くにいる人とだけ会話ができる方向性音声システムを採用しています。
自治体課題解決ツールとしてのメタバース
自治体での活用事例については?
代表的な事例として、福井県越前市様との取り組みがあります。移住促進を目的としたイベントを過去に4回開催しており、既に移住された方と移住検討中の方がメタバース空間で交流する場を提供しています。匿名性があるアバターを通じた交流により、「実際の生活費はいくらくらいか」「子育て環境はどうか」といった踏み込んだ質問がしやすい環境が実現できています。また、越前市に実在する「紫式部公園」をメタバース空間で再現し、その空間を会場に「越前市バーチャル・コミュニティサミット」として、越前市の魅力を発信するイベントを開催しました。越前市は大河ドラマ「光る君へ」の舞台としても注目されており、地域の文化資源や自然環境の魅力を、メタバース空間を通じて効果的に発信されています。単なる観光案内にとどまらず、移住検討者が具体的な暮らしをイメージできる交流の場としても機能するよう工夫を施しています。

越前市ではメタバース「紫式部公園」も作成。イベントも開催
メタバース婚活での活用事例もあるとか?
山形県庄内町様では「メタバース婚活」を実施し、大きな成果を上げました。12名参加のイベントで3組のカップルが成立し、場所や距離を超えた新しい出会いの形として高い評価を得ています。会場には洞窟や海辺、〇×ゲーム等のさまざまなスポットを用意し、参加者が自然な形で交流できる工夫を施しました。顔出ししないアバターでのコミュニケーションはフィーリングが重視されるため、婚活イベントの新たな可能性を感じていただけました。
システム面での特徴や、運用面でのサポート体制について教えてください。
システム面では、特に大規模イベントへの対応力を重視しています。世の中には「数万人の同時接続可能」と謳うサービスもありますが、実際には50体程度のアバターしか表示されないケースが多いのです。私たちのシステムでは、同一空間内に最大で1,000名まで入場することができ、全参加者のアバターが表示され、全員がコミュニケーションを取れる環境を実現しています。操作性についてもアイコンの一つひとつに機能名を表示するなど、「シンプルで分かりやすい」視点で設計しています。これにより、デジタルリテラシーに関係なく、幅広い世代の方々に活用いただけるプラットフォームを目指しています。また、メタバースでのイベント開催が初めての自治体も多いため、企画段階からの伴走支援も行っています。会場設計のアドバイスから、当日の運営サポートまで、きめ細かなフォローを心がけています。
今後の展望について、自治体へのメッセージは?
今後はより大規模な展開として、広大な惑星をイメージしたプラネタリウム型のオープンワールド「metarium(メタリウム)」のサービスの開発も進めています。様々なコンテンツを設置することが可能で、1つの惑星に10万人を超える同時接続を予定しています。
この空間は、自治体が地域の魅力発信や住民との交流の場として活用できるほか、地域商店のバーチャル出店やふるさと納税の返礼品展示など、多様な用途での活用が可能です。私たちは、メタバースを通じて「関係人口の創出」「地域の魅力発信」「移住定住促進」という自治体の重要課題の解決に貢献したいと考えています。テクノロジーの力で地域の可能性を広げ、持続可能な地方創生を実現する。そんな未来に向けて、これからも技術開発とサービス提供に努めてまいります。
(取材日:2024年10月29日)
【越前市の声】
メタバース空間でまちの魅力を効果的に発信
本音の交流で移住促進に手ごたえ

越前市 総合政策部 ブランド戦略課
清水 真名(左) 伊藤 拓生(右)
福井県越前市ではメタバース空間を利用した移住相談会を令和5年度から実施し、これまで70名近い方が参加。バーチャル空間だからできる交流を移住促進に活かしている。
自宅から普段着のままで参加。リラックスした雰囲気で交流も活発に
実施までの準備などで大変だったことは?
1年ほど実証を重ねる中で、メタバース空間の可能性や効果的な活用方法について理解を深めてきました。メタバース「紫式部公園」は広大なスペースを活かした空間設計が特徴で、株式会社m-Labの技術力により、越前市の歴史や文化を高い再現性で表現することができました。現在はこの空間を活用し、メタバース上で定期的に移住相談会を開催しています。
これまで移住相談会を4回実施されていますが、どんな方が参加されていますか?
年齢層は20代~50代まで、地域は全国からと幅広く参加いただけています。ネット環境があればすぐに参加できるのでスマホからという人も多いですね。移住フェアなどでは対応する私たちも緊張する部分があるのですが、自宅でくつろいでいるような雰囲気で交流できるので本音で話せて距離が近くなる感覚がありました。参加者からの反応もスタンプやアクションで分かりやすく、毎回とても盛り上がります。
参加した方のお声や効果については?
匿名で参加できる、時間や場所に縛られないので参加しやすいというお声が多いですね。アバターを自分好みにカスタマイズするなどゲーム感覚で楽しめたという方もいます。具体的な移住相談につながったケースもありますし、リピーターも増えているので手ごたえを感じています。
今度の展開については?
メタバース空間には無限の可能性があるので今後も移住というテーマだけに絞らず、いろいろなことに挑戦していきたいと思っています。新しい取り組みをすることで話題にもなり、まちに注目していただける機会も増えるので、とても有効な手段だと感じています。メタバース空間の活用によって、移住施策や情報発信の可能性も広がっていくので、ぜひ、挑戦してみていただきたいですね。

メタバースプラットフォームの調査・選定前担当
波多野 翼
メタバース活用で差をつける移住PR
移住促進として首都圏のイベントや県で開催しているものにも参加してきましたが、埋もれてしまうというか、越前市に注目してもらうのは難しいと感じていました。すでにメタバースでの情報発信の取り組みをしていたので、移住促進についても活用できる方法があるのではないか考えていました。
m-Labさんにお願いした決め手は操作性のよさとアプリなどをダウンロードしなくてもネット環境があれば参加できる手軽さです。
メタバースで移住相談という取り組みが珍しかったこともあり、メディアでも取り上げていただき、越前市を知ってもらうきっかけにもなったと思います。
(取材日 2024年10月4日)
【庄内町の声】
地域を超えた出会いの場
庄内町が挑むメタバース婚活の可能性

庄内町 企画情報課 デジタル推進係/佐藤 和恵(左)
庄内町 企画情報課 まちづくり係/海藤 久美(右)
山形県庄内町は新しい婚活の形としてメタバースによるイベントを実施。「人が集まらない」「他人の目が気になる」など小さな町ならではの課題を解決。注目度も高く、町から庄内地域全体への取り組みへと広がっている。
アバターを通じて実現する、自然な出会い
メタバース婚活を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
庄内町では独身男女の比率が男性に偏っており、リアルな婚活イベントでは女性の参加が少ないという課題がありました。また、狭いコミュニティなので顔見知りが多く、参加していることを知られるのが恥ずかしいとか、同じ人が集まってしまうという状況がありました。そんなときにNHKの特集でメタバースを知り、これなら地方の恥ずかしがりやの若者も参加しやすいのではないかと考えました。さらに、山形県がメタバースの利用率全国1位だという調査結果を知り、若者の興味を引けるのではないかと思いチャレンジすることにしました。

庄内町での婚活イベントも大盛況
メタバース婚活の利点はどのようなものがありますか?
地域を問わず全国から参加できるのは大きな利点ですね。また、スマートフォンやタブレットからも参加できるという気軽さも魅力です。また、アバターを使用することで外見にとらわれずに趣味などの共通の話題で盛り上がることができ、人気が偏ることなくマッチング率も上がりやすくなります。参加者もリラックスした状態で自分を出せるため、より自然なコミュニケーションができると思います。

海辺をイメージした解放感のあるメタバース空間
実際の参加者の反応はいかがでしたか?
「楽しかった」という感想が多く、「こういう出会いもありだね」といった前向きな声も聞かれました。アンケートでは、「また参加したい」「友達に勧めたい」という回答が過半数を占めており手ごたえを感じました。実際に3組のマッチングが成立し、最も遠方からは兵庫県の方が参加されるなど、地域を越えた出会いが生まれたのもメタバースだから実現できたことだと思います。
今後の展開についてお聞かせください。
婚活支援は一つの自治体だけでは解決が難しい課題です。庄内町だけではなく、近隣の市町が協力してメタバース婚活を展開しています。この取り組みは、参加者の少なさや地域の狭さといった課題を抱える地方自治体でも実施しやすく、予算面でも現実的な選択肢となっています。今後も継続的に実施することで、地域全体の結婚支援の気運が高まることを期待しています。新しい婚活の形として、同様の課題を持つ他の地域にも広がる可能性を感じています。